Cryptobiosis of Annatto60

アナトー・シキソのクリプトビオシス

スミスとT細胞の利他主義と利己主義

・・・スミスの理論は誤解を招きやすい。肉屋の動機は慈悲ではないかもしれないが、だからと言って冷淡で悪意ある行動というわけでもない。自己利益の追求は、利他主義の追求と同様に、人に対して悪意を示すこととは違うのである。▼スミスの見解と人間の免疫機構の間には素晴らしい類似性がある。・・・増殖を開始するとき、T細胞はなんの感情も抱いてはいない。もちろん、外敵を殺さねばならん、と使命感に燃えて数を増やしているのでもない。・・・これらの免疫細胞にとって、外部からの侵入者を攻撃することは、自分たちが成長・分裂するために行う当たり前の努力の結果生まれる副産物なのである。
(マット・リドレー『徳の起源』p68-70)

「人」という呼称

「私たち」は互いに対する責任を負うが、「彼ら」に対する責任はない。「私たち」はもともと「彼ら」とは違うのだし、「彼ら」に全く借りはない。「彼ら」には「私たち」の縄張りに入ってきてもらいたくないし、「彼ら」の縄張りで何が起ころうが知ったことではない。「彼ら」はほとんど人間でさえない。スーダンのディンカ族の言語で「ディンカ」とは単に「人」を意味する。ディンカ族以外の人は、人ではないのだ。ディンカ族の不倶戴天の敵はヌエル族だが、ヌエル族の言葉でヌエル族という単語が意味するのは「もともとの人」である。極寒の氷の地であるアラスカとシベリアの北東部には、ユピック族が住んでいる。ユピック語でユピックとは「本物の人」という意味である。
(ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史」上:p242)


*ついでに付け足すなら、アイヌ人のアイヌもやっぱり「人」という意味。ブッシュマンで有名なコイサン族のコイサンもたしか「人」だ。