シュメールの最初期の書記は、完全な書記体系(フル・スクリプト)ではなく不完全な書記体系(パーシャル・スクリプト)だった。完全な書記体系とは、話し言葉をおおむね完全に記録できる記号の体系を意味する。すなわち、詩歌を含め、人々が口にするものは全て表せる。ラテン語の書記体系や、古代エジプトの象形文字、点字、あるいは、メソポタミア人の楔形文字などは、完全な書記体系である。一方、不完全な書記体系とは、限られた分野に属する、特定の種類の情報しか記録できない記号の体系を意味する。シュメール人の最初期の書記体系の他、現代の数学の記号や音楽の記譜法あるいは、インカ帝国のキープ:結縄(けつじょう)がそれに当たる。結縄は、色のついた縄に結び目をつけて記す。
(ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』(上)p160)